好きなひとがわたしのことを好きでいてくれるのに、どうしてこんなに、こころの奥が苦しいんだろう。まるで、水面から投げ入れられた鉛のおもしが、どこまでもどこまでも沈んでゆくみたいな。小春の口から明るい声が漏れるたび、小春に引かれる手のひらがどんどん冷たくなってゆく。

「すんっごいかわええパフェがあったんよお」

 この前、ユウくんたちと行ってね。ひどく幸せそうな調子で小春が笑う。無理くりに作り上げられていく軽快な空気の中で、小春の声だけがどこまでも正しくあまやかに踊っていた。わたし、この気持ちの整理をきちんとつけてあげなくちゃならない。じゃなきゃ困る。きっと、ずっと、困る。
 それなのに小春は、わたしを置いてけぼりにして、何もかもぜんぶなかったことにしてしまおうとしている。

「や、小春、まって」
「そこね、あんたも、ぜったい気に入るとおもうんよ」
「……こはる!」

 このときわたしの口から出てきたのは、あまりにもやかましくて不愉快な、絵にかいたような甲高い女の金切り声だった。ゆっくりと振り返った小春が繋がった手のひらをそっと解こうとするのを、往生際の悪いわたしは両方の手で掴んで拒もうとした。

「あのね、小春。わたしは、小春じゃないと、」
ちゃん、わがまま言わんといて、…な?」

 小春はちょっとだけ哀しそうに笑ってから、ちっちゃく首を横にふった。わたしの精一杯の力なんて、小春には造作もなく外せてしまう。いやだな。どうせなら、無理やり振り払ってよ。そうしたらもしかして、もしかして一ミリくらい、小春のことを好きじゃなくなれたかもしれないよ。なのに、小春の所作はけして力ずくなんかじゃなくて、むしろ、誰にされるよりもいちばん優しくて、そして小春の手は、どうしようもないくらいにあったかかった。
 わたしよりも一回り大きな小春の両手が、わたしの手のひらを向かい合わせで掬う。

「堪忍な…うちじゃ、ちゃんのお願い叶えてあげられんの……わかってくれる?」

 ひたい同士がこつんと合わさって、このあいだ小春からわけてもらったコロンの、可愛いピンクのアトマイザーにはいった小春の、その、大好きな甘いにおいがわたしたちを柔く包みこんだ。だいすきな小春。可愛くて、賢くて、優しくて、いつだって、誰よりそばにいてくれるひと。

「恋人にはなれへんけど、こおやって、いちばんのなかよしさんでおうたげる」

 背中にまわされた小春の腕は、笑っちゃいそうなくらい熱くって、わたしは小春のあまい香りの肩口でちょっとだけ泣いた。わたしよりも少しだけ低い小春の声が、耳元で穏やかに響く。

「ずっと、ずぅーっとやで」

 わたしが小春のことを好きな気持ちが、小春がわたしのことを好きでいてくれる気持ちとおんなしだったら良かった。そうしたら、わたしたちの間には何一つだってかなしいことなんかなくて、いつまでもいつまでも二人はかしましく笑い合っていられたのにね。
 この先いつか、たとえば何年も何十年もたって、わたしが小春のことを好きじゃなくなる日が来たとしたら、小春のこと、あなたはとても狡いひとだったと、残酷なひとだったと、そう言ってしまうことができるのかな。
 決してお揃いになれない制服を揺らしてゆく春の風が、似たもの同士のわたしたちをせせら笑っている気がした。


unpaired girls


200624......たがいちがいのしあわせが
(back)