幼なじみなんて、なまえばかりだよ。だってわたしたち、一度だってひとしい関係だったことなんかないでしょう。

 ブン太のスラックスの膝が、巻きスカートの裾を踏んでいた。重なる深い緑。淡いベージュのカーテンがぴたりと引かれた、不完全な密室。ベッドの足元に投げ出された、ぺしゃんこのスクールバッグはふたつ。鼻につく、消毒液の匂い。

「…ちょっと、なにするの」
「なんだとおもう?」

 昔から変わらない、男の子にしては長い睫毛と、それに縁どられたまあるい瞳。そのなかに、彼の不機嫌が揺れていた。あなたはいつもそうだ。勝手に拗ねて、勝手に怒って、自分勝手に、わたしのなかを掻きまわそうとする。わたしが抵抗できないこともとうのむかしに知っていて、指一本触れないくせして、すっかりわたしを懐柔した気になっている。こんなに至近距離で顔を突きつけあったって、ふたりの間に甘いものなどひとつもあったことがない。

「ねえ、ふざけるのやめて」
「は、なにお前、ひとのこと言えんの?」

 そう言ってブン太はわたしのネクタイの端を掴んだ。三流の芝居で、「なんのこと?」なんてとぼけてみたけど、それが彼の苛立ちを逆撫でした。「さあ、」ブン太は嘲るみたいな顔で笑ってわたしの名前を呼びながら、その器用な手でネクタイの先を弄ぶようにして動かしている。生身の身体にはなにひとつ触れられてなんかいないのに、十五センチ先にある体温にあてられて肌がチリチリと灼けるような心地がした。
 たぶん、ブン太はもう気づいてる。わたしが算段する、彼へのつたない抵抗に。

「ふざけてんのはお前だろ」

 斜めのストライプを裏返して、わたしのものじゃないアルファベットをみとめた彼はそれをぐしゃりと握り潰した。「なんだよこれ」なんて怒ったフリをしてるけど、こんな脆弱な攻撃じゃあ、あなたには掠り傷ひとつさえつけられない。そんなことくらい、痛いほどにわかってるんだ。だから、「ブン太には関係ない」なんてなけなしの強がりを言ってみたところで、なんの意味もなさないね。
 そして、あなたはまた、そんな的外れなことを言う。

「何勝手に誰かのもんになってんの?」

 あなたはなんにも解ってない。こんな飾りみたいなちゃちなしるしを交換したくらいで、誰かのものになんて、なれるはずはないのにね。
 だって、わたしの自由にできるものはもう、すべてあなたの手のなかにあるんだよ。


たなごころ


191031......きみにセイフクされて
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