透けそうなくらい薄くてまっしろな肌を見て、このひとはこのまま、この消毒液の匂いのするベッドに溶けていなくなってしまうんじゃないかとさえ思った。小さく寝息をたてる青白い顔はなぜか俺を不安にさせる。この場所に来てからのほんの十数分が、とてつもなく長く感じた。

「ねぇ、アンタ馬鹿なんじゃない?」

 届くはずのないひとりごとをひとつ呟いて、馬鹿なのは自分だ、と溜息をついた。保健室を抜けてゆく風が、半分だけひいた仕切り代わりのカーテンを揺らす。窓の外からはラケットがボールを捉える音と、テニス部の掛け声が聞こえてくる。カーテンを開ければ見える窓の外はもう、すぐ、テニスコートだ。彼女を置いて戻ってしまおうか、それとももうしばらく待ってみようか。
 そんなことを考えながら彼女の顔をじっと見つめていると、白い肌に影を落としていた睫毛が小さく揺れた。それがだんだん大きくなり、ゆっくりと瞬きが一回、二回、三回。少し眩しそうに細めながらあたりを見廻していた目が、俺を捉えて止まる。

「…えちぜん、くん、?」

 目を覚ました先輩は少し驚いたような表情を浮かべて、確かめるように俺の名前を呼んだ。その声の弱々しさが、また俺にちいさく不安を流し込む。それと同時に、俺の名前を紡いだ唇の紅さ、まっしろな顔に点すその色彩の美しさに目を奪われる。儚さが揺れる。ゆれる。

「貧血だってさ」

 穴が空くほど見てたでしょ、俺のこと。そう告げると、彼女は一度ゆっくりと瞬きをした。そしてもう一度俺を目にとめると、さっきまでびっくりするほど青白かった顔が、じわりじわりと薄紅色に染まる。

「…好きだから、越前くんのテニス」
「ふーん」

 絞りだすように紡がれた言葉が、じわりと浸透する。告白めいたそれを聞いても、ちっとも優位な気持ちになんてならなかった。そんな言葉を恥ずかしげもなく当たり前に言ってしまう先輩は大人びた顔のうしろで、どこか幼くて。もちろん、それを受ける自分も。

「ねえ、それって、俺が好きって言ってる様に聞こえるけど」
「っちが!…くて…」
「違うの?」

 彼女の顔は、一層色を濃くして。俯いた顔、消えて言った声。やはり、とてもこどもだ、と思った。まだまだ恋にならないような、でもやっぱり、むりやり恋にしてしまいたいような。そんな複雑な気持ちだった。眠る先輩の顔を見て差した不安が、この曖昧な気持ちを確かなものにすると信じたかった。とても不器用だ。

「…生意気」
「まあ、そんなに好きならここから見てれば」

 オレンジ色が差し始めたカーテンをゆっくりと開ける。夕日の中で黄色いボールが飛ぶ。眩しそうに外を見た先輩の横顔は、儚く、そして美しかった。この儚さを、じぶんなんかに守ることができるなんて、いまはまだとても思えないけれど。美しいと思うことくらいは、そしてそれを、守りたいと思うことくらいは、じぶんにだって許されるような気がした。

「下校時間までここにいてよね。帰り送っていく」

 じゃあ俺戻るから。立ち上がり、いつもの癖で帽子のつばを下げたら、もう一度、消え入りそうな声で「ほんとに生意気なんだから」と彼女が呟いた。
 コートへと早めた足取り、緩む顔を、まだあなたは知らない。


CRUSH ON YOU


150327......あなたはどう?
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