「三日月だ」

 誰もが憧れ羨むその美しい横顔が、西の空を見て無邪気に笑った。真っ白な肌が夕日を浴びて橙色にきらめいている。それを目にとめながら、この肌が健康的に焼けていたあの季節を思い出した。あっという間だった。ずっとずっと続くんだと思っていた。絵に描いたような三日月が西の空に降りて行き、東の空から夜が迫って海を紺色に染めていく。いまのわたしたちが持っている残り僅かな時間をどちらからともなく惜しんで、遠回りを選んだ帰り道。海岸にほど近い舗装路の薄れた白線を踏みながらゆっくりと歩く。薄く浮かんだ月めがけて、振り返らず進む彼は、わたしをおいて二メートル、三メートル。
 
「サエ、待って」

 幼馴染が揃って呼ぶその二文字が、今更切なくて声が詰まった。立ち止まったサエがそっと振り向く。淡くオレンジに染まった色素の薄い髪が揺れる。とてもきれいだ。

「おいてかないでよ」

 サエはその整った顔に似合わないきょとんとした顔をつくってから、柔らかく眉尻を下げた。涙を流してしまいそうになるような、優しく、そして無遠慮な苦笑だった。彼の前に我侭を突き出すことを嫌い続けてきたわたしの、すべての努力を無かったことにしてしまおうとする笑顔だった。そしてサエはこう言ったのだ。

「俺がをおいてったことなんてあった?」

 バネじゃあるまいし、なんて。ずっとずっと、自分でも覚えていないような小さい頃から隣にいたこの幼馴染は、少しずつ少しずつ、わたしの隣を離れひとり先へと進んでいってしまった。そしてその左手に握られた彼のためのラケットが彼の手に馴染むに連れて、その背中は小さく、ちいさく。そのくせして、見えなくなっちゃうところまでは行かず、みんなと一緒を望んだわたしにそのおとなになった背中を追いかけさせる。サエの狡いところ。サエの優しいところ。

「昔みたいに手を引いてあげようか」

 砂浜を駆けまわって遊んだ幼いころ、うまくいかずにぐずったわたしの手をとって導いてくれたのはいつもサエの左手だった。いま、悪戯っぽい顔で差し出されたこの左手は、あの頃とは似ても似つかないものになってしまったけれど。いつまでも唐突にそういうことをするから、わたし、こんな風になってしまったんだ。幼馴染の気安さを大切に、たいせつに守ってきた。きっと共犯だ。

「いらないもん」

離れたくなんてないのに、その手に触れる勇気もなくて。幼馴染って残酷だ。この路がずっと終わらなければいい。そんなはずはないって、もうわかってるけど。せめて、まっすぐに伸びる舗装路に引かれた白線が消えてしまうまでは、わたしの隣を歩いて、止まったりしないでと祈った。


春霞


150301......いつか恋にして
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