「駄目に決まってるだろ」

 一瞬の躊躇いもなく、目の前の美しい人はそう言った。眉間にはしっかりと皺が刻まれて、鋭い目が今にも泣き出しそうなわたしの顔を映している。そのすべての造形がわたしが知る他の誰とも違う繊細さと美しさを称えていた。神様はきっと彼をとびっきり贔屓しているに違いない。そんな風に思った。さっき教室で声をかけてくれたあの子と、おんなし制服を着た、同い年の男の子なのに。

「どうして?」
「どうしてもだよ」

 透き通るような容赦のない声がわたしの疑問符をぴしゃりと弾く。だめなものは、だめ。まるで物わかりの悪い子供をたしなめるように彼は言った。その瞳の鋭さに、わたしは抵抗することもたじろぐことも許されない。瞬きの仕方すら忘れてしまったみたいだった。いまこの瞬間、彼の前、わたしは何をすることも許されていないようなそんな気がした。そんなはずはないのに。

「やだって言ったらどうするの」

 精市の目が一瞬驚いたように丸くなって、それからゆっくりと弧を描いた。そのひとつひとつの所作を彩る、彼特有の穏やかで強い美しさ。そしてそれが内包している危うさ。そのどれもがいつだってわたしの心をぎゅっと掴む。痛いよ、精市。

はそんなこと言えないよ」

 彼の声は、絶対の自信を湛えている。いつだって、どこだって、だれといたって。どうしてあなたはそんなに強いの。わたしはこんなにも弱いのに。決して試すようなことをしない。でもそれはわたしを信じているからじゃない。精市は絶対、絶対、わたしのこと、頼らない。ずるいよ。

「泣いてる」
「精市が、」

 精市が泣かしたんじゃない。彼は困ったように笑って零れる雫を指先で拭った。その瞳に浮かぶ安堵のようなもの。なんでそんなことで安心するの。理不尽だ、と思う。だけど、軽薄だとは思わない。悔しい、とは思わない。だけど、哀しいと思う。
 精市は強い、とみんなは言う。わたしもそう思う。中性的な容姿に滲む、彼の男らしさみたいなもの。長い睫毛と繊細な輪郭を眺めながら、わたしを抱きすくめたときの腕の強さを想う。好きだな、と泣きたいくらいに強く強く感じる。

の泣き顔見ると、安心する」

 精市の強さが、いっそただの素振りだったならどんなにいいだろう。彼が強がっているだけの弱い男だったら、わたしが彼を救うことは容易いはずだ。もちろん、わたしたちの間にそんな容易さは有ってはならないということはわかっているのだけど、彼がこんな風に言うときは思ってしまうのだ。お願いだから、ひとりで闇の中に佇むような存在に、そこでひとりで輝けるような存在にならないで。精市は神の子なんかじゃない、ひとりの男の子なんだよ。わたしの好きな、たったひとりの男の子なんだよ。


あの星を照らせ


120703......ひとりぼっちにならないで
(back)