俺のどこが良いの。そう言ったらは一瞬困ったような顔をして、そっと笑った。

「全部」

 全部、ぜんぶ、ゼンブ。腕の中に収まった好きなオンナノコから伝わってくるすべてのものが俺の琴線を刺激する。彼女のほとんどは当たり前のように俺の手中にある気はしているのに、この距離から届く人工的な甘い香りだとか、鼓膜をくすぐるソプラノだとか、そういったものすべてをまるで奇跡かなにかのように受け止めている自分がいる。そして、そうやって位置づけることで同時にそれらが全部虚構なのではと疑っている。何が不満?それとも不安?
 男ってどうしようもない。それとも俺だけ?彼女を想うことで生まれるマイナス感情はすべて支配欲に変換される。

「全部ってたとえば」

 全部だなんて、そんな安易な言葉ではぐらかすなよ。はやっぱり困ったような顔をしてから、俺の様子を伺うようにゆっくりと思案の表情をつくった。うすく伏せられた目。長い長い睫毛が落とす影を注意深く観察する。彼女がその影を生み出すために費やした時間を思う。それはたった十数分かも知れないけれど、俺が彼女の美しさやその危うさ、それが内包する愛らしさを確認するには必要な十数分だったに違いない。

「たとえば」

 このふわふわの髪の毛とか。華奢な指が俺の髪をなぜる。
 テニスしてるときのキラキラの笑顔とか。甘えるような目が俺を捉える。
 たまに意地悪なとことか。髪を掻き混ぜていた手が肩に添えられる。
 眠いって甘えてくるとことか。恥ずかしそうに笑って顔をうつむける。
 ぎゅってしてくれるときの体温とか。細い腕が脇の間を滑って距離がゼロになる。

「そういう、ジローをつくってるぜんぶだよ」

 もう、許して。柔らかく笑う彼女は儚く、そして美しい。それが自分のものだと確かめる為に、壊してめちゃくちゃにしてしまいたい俺は弱くて、そして愚かだと思った。もしも世界に二人だけだったら、こんなことを考えなくて済むだろうか。けれども俺たちがどんなに逃げたって隠れたって、そんなことは絶対に実現しない。だから、確かめるしかないよね?
ほんとに、俺でイイの。の目が不安に揺れた。

「そんな風に言うなら離してよ」

 潤んだ目が俺を睨みつける。離して?ふざけんな。無理に決まってるでしょ、そんなこと。もう手遅れなんだよ。そんな顔したって全然怖くない。彼女といると乱暴な気持ちばかりが浮かんでくる。でも仕方ない。本当は、優しい方法だっていくらも思いつくんだ。故意に尖らせた唇に、宥めるように触れる。

「ごめん」

 俺を睨みつけていた目が仕方ないといった風に緩む。ほらね。
 だけど俺はそういうのじゃなくて、もっと意地の悪いやり方で確かめたい。甘やかすのなんて誰だって出来るでしょ?だから、俺はお前をめちゃくちゃに傷付けたいんだ。一生消えないような痕を残したい。この先にふたりを待ち受けているどんな恋でも、愛でも、決して塗り替えられないように濃く。どんな哀しみにも、怒りにも、絶対に負けないくらい深く。なんだか罪深いね。でも、わくわくする。馬鹿みたいだけれど、しょうがない。だって、

、あいしてるよ」


愛が牙を剥く


120626......君はこの気持ちを軽蔑するだろうか
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