放課後の教室に差し込む夕日は目に痛いくらいの橙色で、その橙色を背負った彼の髪はとろけたハチミツのように煌めいている。カラーリングを繰り返しているに違いない髪があんなにキラキラの甘くて幸福なものに喩えられるはずはないのだけれど、そう見えるのだからしょうがない。

「千石、はやく書いて」

 椅子に後ろ前に座って夕日に照らされている彼は手の中のシャープペンシルを転がしながら、あと少しで書き終わるクラス日誌の五限の欄の空白を一向に埋めようとしないでいる。理由はわかっている。彼は昼休みを勝手に延長して、五限目の現代文に来なかった。

ってさー、いつまでたっても俺のこと名前で呼ばないよね」

 俺たちって結構仲良いよね?なんて、へにゃりと歪んだいい加減な笑顔を浮かべて言うものだから、本当に嫌になる。三年間同じ教室の腐れ縁も、馬鹿みたいなこいつの気安さも、侍らせたくだらない馴れ合いも、ぜんぶぜんぶ無くなってしまえばいい。好きなタイプ?この世の女の子すべて!などという冗談が通じてしまうこの男の学生生活なんてどうでもいいけれど、その持ち前の明るさと軽さとをわたしの前に広げるのは止めて欲しい。彼の差し出した質問を無視し、日誌を引き寄せて書き上げようとしたら、右手を思い切り掴まれた。

「離して、書けない」
「なんで?」

 なんで呼ばないの?
 千石はいつだって強引だ。いつもへらへらとした笑顔を貼り付けているくせに、わがままで、自分勝手で、いつだって真剣なんだ。女の子達に囲まれたお調子者の彼も、テニスコートでボールを追いかけるまっすぐな彼も、わたしは知っている。ただひとつ、ひとりの男の子として、たったひとりの男の子として、好きな子の前に立っているときの彼だけを、わたしは知らない。数十の頭が並ぶ教室で誰よりも目立っている彼の橙の髪は、もうほとんど夕日に融けてしまっているように思えた。そのままなくなってしまえばいい。千石を千石たらしめるものなんてぜんぶ、なくなってしまえばいいのだ。
 彼を取り巻く女の子達と同じように、彼を清純だなんて気安く呼べない。呼びたくない。

「似合ってないから」
「似合ってない?」
「あんたのどこがセイジュンなの?ってかんじ」

 馬鹿みたいだ。こんな日誌はやく書き終えて、今すぐにこんなところから逃げなくちゃならない。目の前のこの男が「わお、酷いこと言うな〜」なんてへらへら笑っているうちに、わたしはこの手を振り払わなくちゃならない。彼の勝手で真剣な軽口に怯えていることなど、察せられてはならない。
 だってわたしはもう気付いてしまっているのだ。名は体を表すということ。
 彼のまっすぐな視線に射貫かれてしまったら、もう逃げられないということに。


幼さと嘘


120617......いい加減さと馬鹿正直
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